東京高等裁判所 昭和31年(ラ)599号 決定
ところで抗告人は、本件消費貸借契約の金額は金三十万円であるが、債権者星野金太郎は期間中の利息を金三万円として天引し抗告人に対し金九万円を交付したにすぎないので、本件競売申立の基本債権額に異議がある旨主張するので判断する。本件記録ことに原審における星野金太郎及び抗告人の各審尋の結果(但し抗告人の供述中後記信用しない部分を除く)によると、次の事実を認めることができる。すなわち、
星野金太郎は昭和二十九年十二月二十三日金三十万円を、利息日歩金十銭、弁済方法同日から昭和三十年六月二十二日まで、損害金日歩金十五銭の約定で貸与する契約をし、抗告人はその担保としてその所有にかかる(イ)焼津市鰯ケ島二三七番地宅地四十八坪(ロ)同所同番地家屋番号同所第三四七番木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一棟建坪二十坪三合二階坪十坪四合に抵当権を設定した。ところが抗告人は当時自己の持船で漁業を経営していたが不漁のため経営が困難となり、伊藤鎌次に対して米の売買代金十三万円余の債務と右伊藤方の事務員平田某に対して金五万円の貸金債務を負担していた。そこで右星野は同年十二月二十八日頃前記消費貸借における元金三十万円から約定利息を日歩金八銭の割合に減額して向う六十日間の前払利息として金一万四千四百円を抗告人承諾のもとに天引した残額二十八万五千六百円を自宅で現実に抗告人に交付し、抗告人は右交付を受けた金員の内金十八万円余をその場にきていた前記平田(金十三万円については前記伊藤の代理人)に対し自己の債務として支払つたので、現実には金九万円しか抗告人の手に残らなかつたものである。
以上の事実が疏明せられるのであつて、原審における審尋の際の抗告人の供述中右に牴触する供述部分は信用することができない。他に右疏明を左右するに足る資料は存しない。右疏明事実に徴すると、本件消費貸借に関しては昭和二十九年五月十五日公布され同年六月十五日から施行された新利息制限法(昭和二十九年法律第一〇〇号)の適用を受ける結果、前記天引利息は天引額が受領額を元本として同法第一条所定の制限利率年一割八分により計算した六十日分の利息額たること計数上明らかな金八千四百三十四円十九銭(厘以下切捨)を金五千九百六十五円八十一銭だけこえているのであるから、右超過部分は同法第二条により元本の支払に充てたものとみなされ、結局抗告人が本件消費貸借契約に基き右星野に返済すべき債務額は契約の元本額三十万円から元本の支払に充てたものとみなされる金五千九百六十五円八十一銭を控除した残額二十九万四千三十四円十九銭及びこれに対する昭和三十年四月二十五日(右期日の前日までの利息が支払済であることは本件競売申立人たる債権者星野の自認するところである)から弁済期たる同年六月二十二日まで約定利率を同法所定の制限利率に減縮した年一割八分(日歩金四銭九厘)の利息及び同月二十三日以降完済に至るまで年三割六分(日歩金九銭八厘)の損害金である。してみると、債権者星野の本件競売申立債権は元本額において金五千九百六十五円八十一銭を超過し過大に失する譏を免れない。しかしながら、元来抵当権実行による任意競売手続においては、債務名義を要しないで簡易迅速に抵当権の実行をなしうるもので、申立書添付の資料によつて抵当権による被担保債権が存在することを認めうる限りその範囲内において競売手続を進行せしむべきものであつて、抵当権の基本債権額は競売手続において終局的に確定せらるべきものではない。従つて申立債権額が眞実の債権額よりも過大である場合は判決手続により債務額の確定を求める等別個の手続によつて、その匡正を求むべきであつて、特段の事情のない限りは申立債権額が過大であることを争つて競落許可決定に対する抗告を申し立てることはその利益がなく、許されないものと解するのを相当とする。本件においては、鑑定人服部彌太郎作成の評価書によれば、本件競売物件の評価額(従つて最低競売価額)は前記(イ)の宅地が金四万円、(ロ)の家屋が金二十一万九千円でその合計は金二十五万九千円であることが明らかである。従つて右のうち一部の不動産を競売しただけでは本件抵当権の真実の被担保債権を完済するに足りないこと計数上明らかであるから、結局本件競売物件は全部競売せざるをえないものといわなければならない。(民事訴訟法第六百七十五条参照)してみると、前示のとおり本件競売申立の債権額が真実の債権額よりも過大であつても、特段の事情もない本件においては、これを以て本件競落許可決定に対する適法な抗告事由と認めることのできないことは、以上の説示に徴して明らかであるから、抗告人の主張は採用することができない。
(浜田 仁井田 伊藤)